PLSCR1:COVID-19に対する注目の新規防御因子
Sophie Williams著(Bristol大学博士課程在籍、分野:Biochemistry)
紹介論文:Dijin Xu, Weiqian Jiang, et al.「PLSCR1 is a cell-autonomous defence factor against SARS-CoV-2 infection. Nature. 2023 Jul;619(7971):819-827.」
細胞自律的(Cell-autonomous)免疫とは、ウイルス感染等の侵襲に対抗するために細胞内に生じる自己防御機構を指します。細胞自律的免疫系の経路は微生物・植物・動物細胞に普遍的に認められ、ヒトでは個々の細胞をヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)や結核菌(Mycobacterium tuberculosis)等の病原体から防御する役割を担っています。
SARS-CoV-2感染に対する細胞自律的免疫経路の役割は、現在のところ解明されていません。II型インターフェロンであるIFNγ(Interferon gamma)は、多くの有核細胞の細胞自律的免疫経路の中核的な調節因子であることが知られています。また、若年成人や小児におけるCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)に対する防御反応の増強にはIFNγの産生増加が関連しています。さらに、IFNシグナル伝達経路に関わる遺伝子の変異がCOVID-19の重症度と関連づけられており、SARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)に対する防御において細胞自律的免疫が何らかの役割を担うことが示唆されています。
このような研究結果があるにもかかわらず、SARS-CoV-2感染に対する細胞自律的免疫の関与については研究が進んでおらず、現在の治療研究のほとんどは中和抗体の研究展開に重点が置かれています。しかしながら、IFNγはSARS-CoV-2感染の重要な防御因子として機能していると考えられ、細胞自律的免疫の役割をさらに解明すれば将来的な治療法の開発に役立つ可能性があります。
論文「PLSCR1 is a cell-autonomous defence factor against SARS-CoV-2 infection」で、著者らは高病原性コロナウイルスに対する防御機構の第一線として機能する因子を明らかにしました。Xu博士らはその研究に、PLSCR1(Phospholipid scramblase 1)タンパク質をターゲットとするPLSCR1抗体(カタログ番号:11582-1-AP)を含む、プロテインテックの製品を6種類使用しました。

図1. PLSCR1は複数のウイルス‐細胞融合経路を介してSARS-CoV-2の侵入を抑制します(図はXu et al., 2023より転載)。
ヒトPLSCR1はSARS-CoV-2感染を抑制する
IFNγシグナル伝達経路に関与する遺伝子の変異はCOVID-19の重症度と関連し、IFNγは細胞自律的免疫経路の極めて重要な構成因子であることが知られています。Xu博士と所属する研究チームは、2種類の別系統の細胞株であるヒト肝臓がん由来Huh7.5細胞株とヒト肺上皮由来A549細胞株を使用して、組換えIFNγのSARS-CoV-2感染抑制効果を評価しました(ヒト肺上皮由来A549細胞株にはACE2を発現させ、ウイルスのターゲットとなる呼吸器の宿主細胞を模倣しています)。この実験によって、IFNγがSARS-CoV-2感染を実際に阻害することが確認されました。しかし、IFNγは多岐にわたるシグナル伝達経路に関与するため、IFNγによって誘導されるタンパク質のうち、このウイルス抵抗性の増強効果に関わるタンパク質の同定が次の検討課題となりました。
そこで、並行ゲノムワイド機能喪失(LoF)スクリーニングを実施し、19050のターゲット遺伝子の中から、IFNγ存在下でSARS-CoV-2感染の抑制に寄与する遺伝子の特定を試みました。蛍光標識SARS-CoV-2を用い、FACS(Fluorescence-activated cell sorting)・次世代シーケンス解析によって、SARS-CoV-2に対する宿主防御に関与する主要な遺伝子が同定されました。この防御因子のグループの中から、過去にSARS-CoV-2抑制因子であることが判明しているIFNγシグナル伝達経路に関与する遺伝子を特定しました。興味深いことに、PLSCR1(Phospholipid scramblase 1)はスクリーニングの際に抗ウイルス作用があることも報告されていましたが、SARS-CoV-2感染に対する影響について特性解析は行われていませんでした。
PLSCR1 mRNAは、SARS-CoV-2感染時にヒト上気道で発現が上昇することが知られていますが、ヒト初代気管上皮細胞では、IFNγによってPLSCR1タンパク質が強力に誘導されました。Xu博士らはさらに解析を進め、PLSCR1をノックアウトした肺上皮細胞は、SARS-CoV-2を感染させるとウイルス量が4.5倍に増加することを示しました。
PLSCR1がSARS-CoV-2感染を抑制する仕組み
研究のこの時点で、Xu博士らはPLSCR1がSARS-CoV-2感染に対する宿主防御として働くことを確認しましたが、次の大きな疑問は、ウイルスに対する抵抗性のメカニズムでした。すなわち、PLSCR1はウイルスのライフサイクルのどの段階で感染を抑制するのかという点です。この疑問を解決するために、様々な株由来のSARS-CoV-2スパイクタンパク質を発現する複製能を欠いたHIV-1偽型ウイルスを細胞に感染させました。著者らは、PLSCR1の欠失により、偽型ウイルスの細胞感染能が増強することを示し、PLSCR1はβコロナウイルスの宿主細胞内への侵入段階を阻害する可能性があることが示唆されました。
PLSCR1がSARS-CoV-2の侵入を阻害する働きをさらに調べるために、1分子ナノスコピー(Nanoscopy)と、タンパク質間相互作用を測定できるsplit NanoLuc®レポーターアッセイを併用してウイルスと宿主細胞の膜融合を測定しました。SARS-CoV-2は、エンドサイトーシス、またはTMPRSS2(Transmembrane protease serine 2)依存的に宿主細胞膜と融合する2種類の経路を介して宿主細胞へ侵入することが既に示されています。著者らは、PLSCR1が両経路を介してSARS-CoV-2の取り込みを妨害するエビデンスを提示しました。PLSCR1はウイルスと宿主細胞膜との融合を阻害するためにSARS-CoV-2含有小胞を直接的にターゲットとし、宿主細胞質へのウイルスの侵入を阻止することが示されました。
最後に、PLSCR1活性の構造的背景を解析しました。PLSCR1の配列解析により、パルミトイル化モチーフの存在が明らかになり、パルミチン酸が結合するアミノ酸残基を変異させるとPLSCR1は細胞膜に局在しなくなり、SARS-CoV-2に対するPLSCR1の作用が消失しました。PLSCR1に存在する12本のβストランドからなるβバレルを構造モデリングによって予測し、相補アッセイを実施したところ、βバレルの第1ストランドが抗ウイルス作用に必須であることが浮き彫りになりました。本論文では、パルミトイル化修飾を介してPLSCR1がターゲットとなる細胞膜に係留されたのち、そのβバレルドメインが宿主細胞とウイルスの膜融合の阻害に極めて重要であることを示すエビデンスも得られており、この抗SARS-CoV-2因子に関する機構の一端を初めて明らかにしています。抗SARS-CoV-2作用におけるPLSCR1のβバレルの重要性は既に報告されており、βバレル内のアミノ酸残基に影響を及ぼすヒトPLSCR1遺伝子座の一塩基多型がCOVID重症化と関連するとされています。
研究意義と今後の方針
本論文の発見は、SARS-CoV-2の新規制限因子であるPLSCR1の作用機序の骨子を提示しています。本論文は、複数の侵入経路を介したSARS-CoV-2の侵入をPLSCR1が阻害する働きを示し、その機能が哺乳類の進化の過程で保存されていることを示すエビデンスを提供しています。一連の発見により、SARS-CoV-2による感染成立の過程で自然免疫系が第一の防衛線として働く仕組みの理解が深まりました。本研究は細胞自律的免疫がウイルス感染に対して発揮する防御効果をより詳細に解明する必要があることを示しています。研究によって得られた成果は、ウイルスの病原性機構に関する理解を深めるだけでなく、新たな治療法開発のための重要な根拠を提供します。
この論文に使用されたプロテインテック製品
- PLSCR1 polyclonal antibody(カタログ番号:11582-1-AP)
- GAPDH monoclonal antibody(カタログ番号:60004-1-Ig)
- GFP tag monoclonal antibody(カタログ番号:66002-1-Ig)
- ChromoTek Halo monoclonal antibody(カタログ番号:28a8)
- TMEM41B polyclonal antibody(カタログ番号:29270-1-AP)
- IFITM3 polyclonal antibody(カタログ番号:11714-1-AP)
プロテインテックは、SARS-CoV-2ウイルスや免疫反応の研究に利用可能な、論文使用実績の豊富な抗体製品、ELISAキットを幅広く販売し、COVID-19のメカニズム解明に取り組む研究者の皆様をサポートいたします。