FGFシグナル伝達を理解する:発生や疾患における重要な経路
Jaime Fernández Sobaberas著(ドイツHeidelberg大学、専攻:生化学、博士課程3年)
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目次 FGFシグナル伝達の基礎知識 |
FGFシグナル伝達の基礎知識
線維芽細胞増殖因子(FGF:Fibroblast growth factor)によるシグナル伝達経路は、細胞の増殖・分化・遊走・生存等の様々な細胞プロセスの制御に極めて重要な役割を果たします1。このシグナル伝達経路は、無脊椎動物から脊椎動物にいたるまで多様な種にわたり進化的に高度に保存されている経路です2。FGFシグナル伝達経路は、増殖因子ファミリーやその受容体、下流に存在する細胞内シグナル伝達分子で構成されています。
FGFシグナル伝達に関与する因子
- FGFリガンド:哺乳類のFGFファミリーは、FGF1~FGF23(マウスFGF15はヒトFGF19のオルソログにあたります)と命名された22種類のリガンドで構成されています3。リガンドは、特定のFGF受容体と結合することによって生物学的機能を発揮します。
- FGF受容体(FGFR:FGF receptor):ヒトには、膜貫通型チロシンキナーゼである4種類のFGFR(FGFR1~FGFR4)が存在することが知られています。FGFRはFGFリガンドが結合すると二量体化と自己リン酸化が生じ、下流のシグナル伝達カスケードが活性化します4。
- 下流のシグナル伝達経路:FGFRの活性化によって下流に存在する、Ras-MAPK経路、PI3K-Akt経路、PLCγ経路等のいくつかのシグナル伝達経路が誘導されます。これらの経路は、遺伝子発現、細胞骨格の挙動、その他の細胞機能を制御します。
FGFがFGFRに結合すると、FGFRの二量体化、キナーゼの活性化、チロシン残基の相互リン酸化が生じ、結果として下流のシグナル伝達経路が活性化されます。後続のシグナル伝達は主に3通りの経路のいずれかを介して進行します。Ras-MAPK経路は、FRS2複合体の形成によって開始し、細胞の増殖と分化を制御します。PI3K-Akt経路もFRS2複合体の形成によって開始し、細胞の生存や細胞運命の決定を制御します。活性化されたFGFRのリン酸化チロシン残基にPLCγ(Phospholipase C gamma)が結合すると、ジアシルグリセロール(DAG:Diacylglycerol)とイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3:Inositol 1,4,5-trisphosphate)が産生され、プロテインキナーゼC(PKC:Protein kinase C)が活性化します。PKCの活性化は、細胞の形態・遊走・接着に影響を及ぼします。

図1. FGFシグナル伝達経路は下流のエフェクターを介して、増殖・分化・アポトーシスの制御に極めて重要な役割を果たします。
出典:Teven et al., 20145
FGFシグナル伝達の機能
- 胚発生:FGFシグナル伝達は、原腸陥入・器官形成・肢発生等の胚の発生において極めて重要な役割を担い、胚発生が進行する間、細胞の生死・分化等の細胞運命の決定、形態形成、組織のパターニング等を制御します。
- 組織修復・組織再生:FGFシグナル伝達は、創傷治癒や骨再生のような組織修復や組織再生の過程で極めて重要な役割を果たし、創傷部の細胞の増殖と遊走を促進し、組織のリモデリングを促します。
- 血管新生:FGFシグナル伝達は、新たな血管の形成プロセスである血管新生に関与します。FGFは内皮細胞の増殖と遊走を刺激し、正常な生理的条件においても病的条件においても新生血管の形成を促進します。
がんにおけるFGFシグナル伝達の役割
FGFシグナル伝達は、がんの発生や進行において重要な役割を果たします。FGFシグナル伝達経路の調節不全は、下流のシグナル伝達をアップレギュレーションして腫瘍形成を促進するおそれがあります。活性化型変異の発生は、リガンド非依存的な二量体化と受容体の活性化、キナーゼドメインの恒常的な活性化の原因となります。FGF/FGFR遺伝子のコピー数増加によるタンパク質の過剰発現は、FGFRを介したシグナル伝達の増強に寄与する可能性があります。染色体転座は、FGFリガンドからの入力に依存せず受容体の活性化を引き起こす可能性がある融合タンパク質が形成される原因となります。これらの機構は、Ras-MAPKやPI3K-Aktのような下流のシグナル伝達経路の過剰な活性化の原因となります。さらに、FGFシグナル伝達経路は、がん細胞が浸潤性や転移性を獲得する過程である上皮間葉転換(EMT:Epithelial-mesenchymal transition)を誘導し、腫瘍の進展や治療耐性に寄与します。したがって、FGFシグナル伝達経路の調節不全は、無秩序な細胞分裂・アポトーシスの回避・血管新生・上皮間葉転換を介してがんの進行を促進するといえます。
このため、FGFシグナル伝達経路を標的にした医薬品開発は、抗がん治療の有望な治療戦略として注目されており、正常な細胞にあまり影響を与えずに、制御不能になったFGFシグナル伝達による発がん作用を遮断することで患者の転帰を改善できる可能性があると期待されています。

図2. がんの進行におけるFGFシグナル伝達経路のメカニズム。出典:Szymczyk et al. 20216
FGFシグナルを標的としたがん治療戦略
FGFシグナル伝達はがんの進行において中心的な役割を果たします。そのため、新たな抗がん剤を開発するにあたり、この経路を標的にした取り組みが注目を集め、FGFR阻害剤・モノクローナル抗体・リガンドトラップ等の様々な治療戦略が導入されています。
- FGFR阻害剤:FGFR阻害剤は、FGFRのキナーゼ活性をブロックし、下流のシグナル伝達経路の活性化を阻害するようデザインされた低分子医薬品です。いくつかのFGFR阻害剤が開発されており、肺がん、乳がん、膀胱がん等の様々ながんを対象にした臨床試験が実施されています。FGFR阻害剤は主に選択的FGFR阻害剤と非選択的FGFR阻害剤の2種類に分類されます。
- モノクローナル抗体:FGFRに特異的に結合し、リガンド‐受容体相互作用を遮断することで受容体の二量体化と活性化を阻害するモノクローナル抗体が開発されています。
- FGFリガンドトラップ:リガンドトラップはFGFリガンドを捕捉してFGFRとの結合を阻害する、FGFR阻害剤とは異なる機序の薬剤で、遊離FGFの作用を無効化し、がんの増殖を促すパラクライン分泌やオートクライン分泌によるフィードバックループを妨げます。
FGFシグナル伝達の応用が期待できる治療法
- 再生医療:FGFシグナル伝達の人為的な制御は、再生医療への応用が期待されています。創傷治癒や心筋梗塞・神経変性疾患等のさまざまな状態における組織修復や再生を促進するFGFの働きについて、現在も研究が進められています。
- 代謝疾患:FGFシグナル伝達経路を調節することで、肥満や2型糖尿病のような代謝疾患を治療できる可能性が示唆されています。FGF19やFGF21は、胆汁酸代謝、グルコース恒常性、脂質代謝の制御に関与します。したがって、インスリン感受性や脂質代謝を改善するための医薬品候補として、FGF21アナログやFGF21作動薬の開発が進められています。
終わりに
このように、FGFシグナル伝達は、発生・組織の恒常性・疾患の形成に重要な、様々な細胞プロセスを制御する進化的に高度に保存された経路です。FGFシグナル伝達の背景にある分子機構の解明は、生理学的・病理学的な状態におけるFGFシグナル伝達の役割に関する知見を提供し、幅広い疾患に対する治療薬の開発につながる可能性があります。また、FGFシグナル伝達を標的とすることで、新たな治療の選択肢がもたらされました。FGFR阻害剤・モノクローナル抗体・リガンドトラップ等は、FGFR異常を伴うがんに対する有望な治療アプローチとして注目されています。著しい進展がある一方で、抗がん治療から再生医療、代謝疾患にいたるまで、様々な分野におけるアンメット・メディカル・ニーズに対応できる新たな治療標的や治療戦略を明らかにするには、継続的な研究を実施する必要があります。
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ターゲット |
HumanKine™ FGF |
抗FGF抗体 |
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FGF1 |
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FGF2(FGFbasic-TS) |
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FGF3 |
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FGF4 |
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FGF5 |
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FGF7 |
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FGF8 |
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FGF9 |
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FGF10 |
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FGF12 |
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FGF13 |
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FGF16 |
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FGF17 |
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FGF18 |
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FGF19 |
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FGF21 |
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参考文献
- Y Xie, N Su, et al. FGF/FGFR signaling in health and disease. Signal Transduct Target Ther. 2020 Sep 2;5(1):181.
- D M Ornitz, N Itoh. The Fibroblast Growth Factor signaling pathway. Wiley Interdiscip Rev Dev Biol. 2015 May-Jun;4(3):215-66.
- D M Ornitz, N Itoh. Fibroblast growth factors. Genome Biol. 2001;2(3):REVIEWS3005.
- A E Eriksson, et al. Three-dimensional structure of human basic fibroblast growth factor. Proc Natl Acad Sci U S A. 1991 Apr 15;88(8):3441-5.
- C M Teven, et al. Fibroblast growth factor (FGF) signaling in development and skeletal diseases. Genes Dis. 2014 Dec 1;1(2):199-213.
- J Szymczyk, et al. FGF/FGFR-Dependent Molecular Mechanisms Underlying Anti-Cancer Drug Resistance. Cancers (Basel). 2021 Nov 18;13(22):5796.