ビメンチン-クロモボディを用いた転移の兆候の可視化

上皮間葉転換(EMT)を細胞ベースのスクリーニングシステムで研究する際のChromobody®(クロモボディ)技術の可能性について、Julia Maier博士がScientific Reports誌(2015)で解説している内容を紹介します。


上皮がんの転移段階への進行は「上皮間葉転換(EMT:Epithelial-mesenchymal transition)」と呼ばれる細胞プロセスによって引き起こされます。上皮腫瘍細胞は、上皮間葉転換(EMT)誘導因子活性化を誘導するサイトカインや増殖因子に応答して、オクルディン(Occludin)やE-カドヘリン(E-cadherin)等の上皮マーカーの発現を停止させ、N-カドヘリン(N-cadherin)やビメンチン(Vimentin)等の間葉系マーカーの発現を上昇させます。発現タンパク質が変化した細胞は、細胞‐細胞間接着機能や頂端‐基底極性を喪失し、高度な遊走性・浸潤性を示す細胞になります。がんの進行や転移形成に対する上皮間葉転換(EMT)プロセスの重要性を考慮すると、がんの転移を防ぐ新規治療法の研究や開発には、細胞アッセイで検出できる信頼性の高い上皮間葉転換(EMT)バイオマーカーや汎用性の高い検出システムが必要となります。

 蛍光イメージング画像

 

上皮間葉転換(EMT)に関するバイオマーカーで最も頻繁に言及される因子の1つに、中間径フィラメントタンパク質である「ビメンチン」が挙げられます。ビメンチンの発現レベルの上昇は、前立腺がん、乳がん、肺がん等の多くの腫瘍における転移形成の増加と相関しています。さらに、近年の研究結果では、腫瘍細胞が細胞構造を再編成させて遊走性および浸潤性を示す表現型を獲得する際に、ビメンチンが積極的な役割を果たすことが示されています。しかし、バイオマーカーや創薬のターゲット候補としてビメンチンを使用する現在の研究は、がんに関連する細胞モデル系において、ビメンチンの発現誘導や動態を追跡可能な適切な技術が存在しないという問題に直面しています。

2016年9月15日にオンラインで発行されたCancer Research誌で、Maierらは細胞ベースのスクリーニングシステムで上皮間葉転換(EMT)研究を行うにあたって、Chromobody®(クロモボディ)技術を利用できる可能性についてレビューを発表しています(Maier et al., Cancer Res. 2016, 76(19):5592-5596)。Maierらは、単一ドメイン抗体をベースにした「Vimentin-Chromobody®」を安定的に発現させた肺がん細胞モデルについて述べています(Maier et al., Scientific Reports 2015, 5:13402)。Vimentin-Chromobody®は、細胞内バイオセンサーとして機能し、細胞外からの刺激に応答して引き起こされる内在性ビメンチンの発現と再編成を初めて可視化しました。クロモボディは、GFP-ビメンチンのような従来型の蛍光タンパク質融合体とは異なり、ビメンチンの発現レベルや集合状態等の機能に影響を及ぼさず、上皮間葉転換(EMT)バイオマーカーとして非常に重要なタンパク質本来の機能性を維持します。ハイスループットイメージングと自動検出アルゴリズムを併用することで、Maierらはクロモボディのシグナルを追跡して上皮間葉転換(EMT)の誘導を追跡・定量化するだけでなく、リアルタイムで上皮間葉転換(EMT)に影響を及ぼす物質の効果を追跡したり、スクリーニングする試みの将来的な可能性について示すことにも成功しました。このレビューにおける今後の展望として、著者らは現行の研究に使用したクロモボディ技術を三次元スフェロイドへ適用することに注力すると述べています。クロモボディ技術を適用することで、転移細胞の追跡や、実際の腫瘍により近い条件における複合的作用をスクリーニングできる可能性が大幅に拡大すると著者らは主張しています。

参考文献