ゲスト寄稿 | パーキンソン病の神経化学

パーキンソン病について、神経化学的側面から解説します。

Ashley Juavinett


世界中で、60歳を超える者のうち100人に1人がパーキンソン病(PD:Parkinson's Disease)に罹患しています(de Lau&Breteller, 2006)。PD啓発月間にあたり、この神経細胞が衰弱していく疾患の根底にある既知の神経化学に焦点を当てて解説します。

症状とドーパミン作動性回路の結び付き

パーキンソン病(PD:Parkinson's Disease)は、人によって様々な症状が現れますが、主要な神経性マーカーとして、黒質緻密部(SNc:substantia nigra pars compacta、図1)のドーパミンニューロンの変性および縮退が挙げられます。これらのニューロンは、脳の深部にあり皮質、視床、脳幹等と相互に入出力を行う回路の集まりである、大脳基底核(basal ganglia:Wikipedia)の経路を構成します。大脳基底核は多くの異なる行動機能に関与しますが、特に運動機能と深く関わりがあります。この神経経路で放出されるドーパミンは運動の実行に関わる脳の皮質領域に情報を伝達する役割を担うため、ドーパミンが欠如するとPD病患者には筋強剛や無動症(akinesia、アキネジア)の症状が現れます。PDの一般的な治療法は、ドーパミンの前駆体であるL-dopa(L‐ドーパ)の投与で、この治療法により喪失したドーパミンニューロンを補填します。

 

人の頭部の断面図および健常人とパーキンソン病患者の黒質緻密部のイラスト(パーキンソン病患者の中脳の黒質緻密部のドーパニューロン細胞数は健常人よりも減少する)

 

図1. パーキンソン病において認められる黒質緻密部のドーパミンニューロン縮退の図式(NIHのご厚意により掲載)。

ドーパミンは神経伝達物質として注目されてきましたが、GABA(gamma-aminobutyric acid)やグルタミン酸(glutamate)等のその他の神経伝達物質に対する下流効果を示します。GABAとグルタミン酸は、それぞれ抑制性と興奮性の神経伝達物質であり、正反対の作用を示して神経活動を制御します。大脳基底核の回路網でもエビデンスが示されているように、ドーパミンが欠如すると結果的にGABAおよびグルタミン酸による神経伝達経路に影響を与える可能性があり、近年の研究でこうした脳内化学物質が実際に変化していることが確認されています。

化学の観点から見つめる

現在まで、神経科学者は脳の構造や機能を調べる技術を使用して、PDに罹患したヒト脳を評価してきました。このような手法によって、様々な脳領域でどのようなことが起こっているかを大まかに把握することはできますが、ニューロンや神経伝達物質のレベルの情報はわかりません。しかし、テキサス大学オースティン校のグループによる最近の研究では、脳に小さいカテーテルを挿入して行うマイクロダイアリシス法を用い、記憶課題遂行中のGABAとグルタミン酸の役割が調べられました。通常では、このような侵襲的手法の採用は非常に困難ですが、PDの一般的な治療法である脳深部刺激療法(DBS:deep brain stimulation)を受ける患者の場合は、電極を脳深部の視床下核(STN:subthalamic nucleus)に挿入する手術を実施します。そこで、神経伝達物質の放出とそのおおよその時間を効率的に確認できるように、研究者はマイクロダイアリシス用カテーテルも移植しました。PD患者は多くの場合に潜在記憶課題で重篤な障害を抱えており、潜在記憶課題を実施中、正常な被験者から予測したよりも、GABAとグルタミン酸の濃度が低いことが確認されました(Buchanan et al., 2014)。この研究には5名の被験者しか参加していませんでしたが、STN中のGABA濃度とグルタミン酸濃度の異常値はPDのマーカーになる可能性があるという、ある種の予備的エビデンスが得られました。

GABAとグルタミン酸の関与

Buchananらの研究は、PDを発症すると大脳基底核回路のGABA濃度が低下することを示した最初の研究ではありません。死後のPD患者の脳内のドーパミン濃度が有意に低下していることを明らかにした早期の研究では、視床の特定領域におけるGABA濃度の低下も報告されています(Gerlach et al., 1996)。さらに、電気生理学的記録により、淡蒼球外節(GPe:globus pallidus external)由来のGABAの抑制作用によってSTNが抑制されないため、PD患者のSTNは過活動状態にあることが明らかになりました。こうしたGABAが変化した結果、視床の出力や運動機能に影響が出ると考えられます。

大脳基底核のグルタミン酸作動性経路もまた注目されている経路で、グルタミン酸受容体はPDに効果を示すターゲットとなる可能性があり、特にL-dopa投薬後に発症するジスキネジア(dyskinesia)の治療に有用なターゲットになる可能性があると述べられています(Cenci et al., 2014)。その中でも特に、線条体に豊富に存在するNMDAグルタミン酸受容体のNR2Bサブユニットの機能阻害が効果的である可能性があります。しかし、PD治療薬としてのグルタミン酸アンタゴニストの使用は、認知機能への副作用の懸念から、いまだに開発段階にあります(Nutt et al., 2008)。

PDの遺伝的および環境的原因を解明するにはさらに多くの研究を行う必要がありますが、PDにより影響を受ける脳の領域に関して得られた知見に基づき、重要な役割を果たす神経化学物質を特定することが可能です。ドーパミンが主に注目されてきましたが、GABAとグルタミン酸もPDの影響を受ける可能性が高く、作用機序として研究を進める必要があると考えられます。さらに研究を進めることで、この複雑な疾患の包括的治療法の開発に寄与する情報が得られると期待されます。

関連抗体

遺伝子記号 抗体名 カタログ番号 アプリケーション
ABAT 4-aminobutyrate transaminase 11349-1-AP ELISA, WB, WB, IP, IHC, IF
GABRD GABA A receptor subunit delta 15623-1-AP ELISA, WB
GABBR1 GABA B receptor 1 13940-1-AP ELISA, WB
GABRA1 GABA A receptor subunit alpha 1 12410-1-AP ELISA, WB, IP, IHC, IF, FC
GABRA3 GABA A receptor subunit alpha 3 12708-1-AP ELISA, WB, IHC
GABRA4 GABA A receptor subunit alpha 4 12979-1-AP ELISA, WB, IP
GABRB1 GABA A receptor subunit beta 1 20183-1-AP ELISA, WB, IP, IF
GABRG1 GABA A receptor subunit gamma 1 12871-1-AP ELISA, WB, IHC
GABRG2 GABA A receptor subunit gamma 2 14104-1-AP ELISA, WB, IP, IHC, IF, FC
VGAT Vesicular GABA transporter 14471-1-AP ELISA, WB, IP, IHC, IF
DRD1 Dopamine receptor D1 17934-1-AP ELISA, WB, IHC, IF
DRD2 Dopamine receptor D2 55084-1-AP ELISA, WB, IP, IHC, IF
DRD5 Dopamine receptor D5 20310-1-AP ELISA, WB, IHC, IF, FC
DBH Dopamine beta hydroxylase 10777-1-AP ELISA, WB, IHC, IF, FC
GRIA2 Glutamate Receptor 2 11994-1-AP ELISA, WB, IP, IHC, IF, FC (Intra), CoIP
GLUD1 Glutamate dehydrogenase 1 (GDH1) 14299-1-AP ELISA, WB, IP, IHC, IF, CoIP
GLUD2 Glutamate dehydrogenase 2 (GDH2) 14462-1-AP ELISA, WB, IHC, IF
GALD1 Glutamate decarboxylase-like 1 18240-1-AP ELISA, WB, IP