マウス脳微小血管内皮細胞の初代培養ガイド

血液脳関門の研究に必要不可欠な脳微小血管内皮細胞の単離・培養方法をご紹介します。


Arun Flynn著(英国Glasgow大学、Cardiovascular Pharmacology専攻、博士課程最終学年)

脳内皮細胞は、脳循環系の必要不可欠な細胞で、全身の血管系の内皮細胞とは性質が大きく異なります。例を挙げると、脳内皮細胞は独自の細胞間接着機構を有し、極めて重要な血液脳関門(BBB:Blood-brain barrier)の構造を形成します。周皮細胞、ミクログリア、血管周囲マクロファージ、神経細胞、アストロサイト等の脳内皮細胞近傍の細胞群は協調してNVU(神経血管ユニット)を構成し、BBBの完全性を維持・制御します。様々な脳疾患は、脳内皮細胞の機能障害、BBB完全性の喪失、NVUを構成する細胞群の機能破綻と関連しています[1]。特に、脳微小血管の内皮は脳血流量や血管緊張の維持・調節に極めて重要で、一連の作用の中核をなす一酸化窒素(NO)産生の役割を担います[2]。内皮細胞のNO合成能の低下が様々な脳血管疾患の発症の根底にあることは多くの文献によって立証されており、脳内皮細胞を研究する重要性を裏付けています[2]。問題は、複雑かつコストのかかるイメージング技術なしで、脳内皮細胞が果たす役割を正確に検証することが難しいという点です。このような背景から、研究には継代細胞株やhCMEC/D3細胞(不死化ヒト脳微小血管内皮細胞)等の内皮細胞株をin vivoの代替として利用しますが、「不死化」内皮細胞株は生体本来の特性を失っている場合があり、多くの制約やデメリットが存在します。

本稿では、マウス脳微小血管内皮細胞の単離と初代培養の実践的な手順をご紹介します。

 

マウス脳微小血管内皮細胞の単離と初代培養のワークフロー

注意:本稿で紹介するテクニックは、ラット脳微小血管の初代培養法(Abbott, et al. 1992[3])のプロトコールを応用し、マウスの使用を前提に細胞収率向上の観点から改良を加えた手法です。一般的な組織培養・細胞培養と同様に、使用試薬・使用器具は滅菌し、全ての作業はクリーンベンチ内で無菌環境を維持したうえで実施してください。

用意する試薬・器具

  • ワーキングバッファー(pH 7.3):HBSS 500 mL、HEPES 1.2 g、Pen-Strep(ペニシリン:10000 units/mL・ストレプトマイシン:10 mg/mL)5 mL、22% BSA 12 mL
  • 22% BSA (First link (UK)社、Code:43-20-850)
  • フィブロネクチン(ストック溶液)
  • セルストレーナー(メッシュサイズ:70 µm)
  • コラゲナーゼI・コラゲナーゼ/ディスパーゼ(各濃度:50 ng/µL)
  • 血管内皮細胞専用培地
  • ピューロマイシン(ストック溶液)

マウス脳微小血管内皮細胞の単離と初代培養のイラスト解説

図1. イラスト解説:マウス脳微小血管内皮細胞の単離と初代培養

 

  1. 解剖の際は小脳を除去し、微小血管を効率的に単離するために、滅菌済みブロッティング紙の上でサンプルを転がして、髄膜や太い血管をブロッティング紙に付着させて除去します
  2. 1回につき最大で5匹分の脳を、滅菌済みダウンス型ホモジナイザーを使用して滅菌済みワーキングバッファー中でホモジナイズします。血管構造を破壊しないように、ビーズ破砕機は使用せずに穏やかな条件で実施します
  3. 懸濁液を遠心分離してペレットを回収し、22% BSA溶液に再懸濁します。再懸濁液を長時間低速で遠心分離し、ミエリン等の脂質成分と微小血管を分離します。細胞の回収率を最大化するために、このステップを3回以上繰り返します。

ポイント:遠心条件は300 x g 20分程度を目安とします。

  1. プールした血管組織ペレットをバッファーに懸濁してからセルストレーナーに通し、メッシュ上に血管組織を分離・捕捉します
  2. セルストレーナーを反転させて新しく用意したチューブにセットし、メッシュにトラップされた血管組織に上からバッファーをかけてチューブに回収します。
  3. 回収した血管組織にコラゲナーゼI・コラゲナーゼ/ディスパーゼ溶液を添加し、37℃で1時間インキュベーションして血管周辺組織や基底膜等を分解します(この作業により内皮細胞の回収量が増加します)。酵素処理した血管組織は遠心して上清を除去し、培地に再懸濁します。

ポイント:酵素処理したサンプルは必ず遠心・ペレット化して酵素を含有する上清を除去してから培地に再懸濁してください。組織全体が過剰に分解されてしまうのを防ぎます。

  1. 12ウェルまたは24ウェルプレートにフィブロネクチン(PBSで1:10に希釈)を添加し、37℃で1時間処理してコーティングします。その後、溶液を除去しPBSで2回洗浄します。

ポイント:フィブロネクチンは脳血管内皮細胞がウェルに接着するために必須の因子です。また、初代脳血管内皮細胞は低密度になると増殖効率が低下するため、細胞の回収量に対して広すぎるウェルの使用は避けてください。

  1. 1ウェルあたり1mLの血管断片サンプルを、フィブロネクチンをコーティングしたウェルに播種し、37℃ overnightでインキュベーションして内皮細胞を接着させます。翌日にPBSでウェルを洗浄し、不要な残渣を除去します。
  2. PBSで洗浄後、ピューロマイシンを添加した専用培地(1 µg/mL)に交換し、純度が99%になるまで3日間以上培養します。

ポイント:ピューロマイシンを添加しない場合、周皮細胞や線維芽細胞も混入した状態で共増殖します。周皮細胞や線維芽細胞は増殖速度が速く、7~10日間で脳血管内皮細胞が淘汰されてしまいます。

豆知識
脳血管内皮細胞はNVUを構成するその他の細胞よりもP-糖タンパク質を多く発現します。そのため、ピューロマイシンが細胞内タンパク質合成を阻害し細胞毒性を示す濃度に達する前に、P-糖タンパク質のポンプ機能によって細胞外に能動的に排出されます。この特性を利用し、培地にピューロマイシンを添加することで脳血管内皮細胞を選択的に培養できます[4]

最後に、初代培養脳内皮細胞の応用例をご紹介します。

  1. 免疫蛍光染色(IF):脳内皮細胞をフィブロネクチンでコーティングしたカバーガラス上で培養して使用します。
  2. ウェスタンブロット(WB):培養細胞を溶解し抽出したタンパク質を解析します。
  3. 遺伝子発現解析:RNAを抽出し、RT-qPCRやトランスクリプトーム解析(例:RNA-seq)を行います。

 

プロテインテックの神経血管系研究用製品

タイトジャンクション

トランスポータータンパク質

その他

Claudin-3Claudin-5

ABCC1

GJA-1

Occludin

ABCB1

Nectin-1

JAM-1JAM-2

LRP1

PECAM-1

ZO-1

RAGE

VE-Cadherin

マーカー

ニューロン

アストロサイト

ミクログリア

周皮細胞

MAP2

ALDH1A1

Iba1

Aminopeptidase-A

NeuN

GFAP

TMEM119

Desmin

Neurofilament-Heavy

Glutamine synthetase

CD11b

PDGFR-beta

Tubulin Beta III

S100 Beta

CD68

Smooth muscle actin

 

CoraLite®抗体を使用したラット脳組織の免疫蛍光染色。

図2. CoraLite® Plus 488 GFAP抗体(カタログ番号:CL488-16825、希釈倍率1:200)、CoraLite® 594 MAP2抗体(カタログ番号:CL594-17490、希釈倍率1:200)を使用したラット脳組織(4% PFA固定)の免疫蛍光染色解析。緑:GFAP、赤:MAP2、青:DAPI。

 

参考文献

[1] B V Zlokovic. Neurovascular pathways to neurodegeneration in Alzheimer's disease and other disorders. Nat Rev Neurosci. 2011 Nov 3;12(12):723-38.

[2] F M Faraci. Protecting against vascular disease in brain. Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2011 May;300(5):H1566-82.

[3] N J Abbott, et al. Development and characterisation of a rat brain capillary endothelial culture: towards an in vitro blood-brain barrier. J Cell Sci. 1992 Sep:103 ( Pt 1):23-37.

[4] J Greenwood. Characterization of a rat retinal endothelial cell culture and the expression of P-glycoprotein in brain and retinal endothelium in vitro. J Neuroimmunol. 1992 Jul;39(1-2):123-32.

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