すべての機会に意味がある:Manasi Nandi教授とのサイエンスコミュニケーションインタビュー
Amanda Bowman著(英国King’s College of London、PhD Candidate)
オンライン・コミュニケーションが日進月歩で進化するなか、私はKing’s College of London(KCL)薬学部門の薬理学者でデータサイエンティストのManasi Nandi教授にインタビューする機会に恵まれました。Manasi教授は、学術出版やアウトリーチ活動を通じて、調査研究やサイエンスコミュニケーションに精力的に取り組んでいます。Manasi教授のポッドキャスト「Humanising Healthcare」では、人を中心に据えたアプローチによって様々な領域における健康格差や医療格差の実態への理解を深め議論を促す取り組みを行っています。
ここからは、Manasi教授のこれまでの学術研究のキャリア、サイエンスコミュニケーションとの出会い、そして一連の活動の中で教授が感じている課題とやりがいに関するインタビューをご紹介します。

KCL薬学部Manasi Nandi教授
これまでの歩み
まず初めに、現在の研究テーマやプロジェクトについて教えてください。
私は、生命科学・医学部の薬学研究所(Institute of Pharmaceutical Science)に所属する薬理学者です。患者と直接関わる薬剤師とは異なり、薬理学者は医薬品の開発や評価を主な仕事としています。以前は、学術分野・産業分野のプロジェクトの双方で創薬や研究開発に携わる研究者として、特に前臨床研究のバリデーション工程に関わり、薬剤がヒト試験に適用可能かどうかを評価するための根拠となるデータを提供していました。これらのプロジェクトでは、早産・新生児の肺疾患から心血管系疾患にいたるまで、複数の疾患領域を対象にした動物モデルを開発し、薬剤の有効性を評価していました。
このような研究を経て、私の研究テーマは、心電図や血圧等のバイタルサインの波形データから得られる情報を解析するデータサイエンスへと徐々に移行していきました。私はウェットラボからドライラボへと研究の場を移しましたが、これまでに培った薬学の知識をしっかりと活かせています。
アカデミアの世界へ入ったきっかけは?自分の進路を考え始めた時期に今のような進路を想定していましたか?
学生時代はヘルスケアや医学に興味がありました。大学の入試・出願の担当チューター(Admissions tutor)はそれぞれの専門分野に真摯に向き合い、学生のサポートにも力を入れていて、最終的に薬理学を専攻することにしました。
教授のことを、髭を生やして革張りの椅子に座り、本に囲まれて一人で内省的に思索にふける男性だと思っている人もいるでしょう。今でこそ教授というのはそういうものではないことをわかっていますが、18歳の頃の私はこのような思い違いのもとに、アカデミアで教授になるという選択肢はまったく考えもしませんでした。
でも、学部生時代のインターンシップを通じて、私は科学者であることの本質に触れました。様々な人々と関わるうちに、優れたコミュニケーターになるよう背中を押され、より大きな責任を担うよう求められる経験もしました。当時の私は製薬業界に応募するつもりでいました。それは最終学年のことですが、私は臨床研究者による講義を聴講しました。講義では彼のラボの研究が紹介され、心血管系疾患に関連する、あるバイオマーカーについて基礎研究から臨床現場にいたるまでどのように研究が進められているのか説明がありました。1回の講義でそのバイオマーカーの開発を端的に解説することができる話術に私は衝撃を受けました!そこで、彼らの活動に関われる可能性について打診してみたところ、博士課程への応募を勧められました。
私は無事に博士課程へ進学し、医療機関と密接に連携した研究環境で、医師や研究者と共同で研究活動を開始しました。そこで私はアカデミアで活動することがどういうことなのか理解しました。そして、University College Londonのポスドク等の職を経て、King’s College Londonの講師に就くことになりました。私はウェットラボでの研究を継続し、学部生向けの新薬開発に関する授業を開講しました。そして、携わっていた研究が契機となり、データサイエンスの分野へ足を踏み入れることになりました。
そんな訳で、この経歴は当初思っていたものとはまったく異なるのですが、私はこの大学で働いていることを心から嬉しく思っています。この経験から学んだことの1つは、ある時期にしていたことを、ずっと同じまま続ける必要はないということです。すべてがチャンスになります。学ぶこと、疑問を持つこと、人脈を構築すること、ロールモデルとなる人を見つけて参考にすること―こうしたことによって扉は開き、その選択肢の中にはあなたにぴったりのものがあるはずです。
サイエンスコミュニケーション
ポッドキャストを配信しようと思ったきっかけは?
所属する学内のEDI(Equity Diversity Inclusion/平等性・多様性・包摂性)プログラムのリーダー職に応募した際に、私は健康の社会的決定要因や社会的公正性の原則を、医薬品開発や疾患研究等の領域にもっと取り入れるべきだと提案しました。この考えは世界中で起きている社会的な不公平を目の当たりにしたことが動機となっていて、このことで私はもっと積極的に行動しようと思うようになりました。バイオサイエンスの分野では、社会的な不公正や疾患の社会的要因について関心が十分に払われていないのが現状であり、このような重要な観点が見過ごされることで研究の意義が限定的になってしまう可能性があります。私は、EDIプログラムに参加する人々だけでなく、アカデミアに所属する人々にも働きかけることを目指して、まずは連続開催のセミナーを企画・実行しました。この企画では、より幅広い層に向けた科学セミナーにEDIの知見を盛り込みました。この時の内容に生命科学・医学部のPeople & Culture部門が興味を持ち、現在のようなポッドキャストに発展させるための支援をしてくれました。多くの努力を費やすことなく気軽に世の中と関わることができるので、私はポッドキャストやラジオをよく聴きます。何なら、洗い物をしながら聴くこともできるのです!

(左から)Nandi教授、Fatima Auwal氏、Graham McClelland教授。医療開発における多様性のマイルストーンについて語っています。
挑戦とその先にあるもの
幅広いリスナーへ向けて科学的なコンセプトの情報を発信するときに直面する課題とは?
言葉の選択はとても重要です。上から目線にならないこと、そして難しい話を詰め込みすぎないことを意識しています。ポッドキャストの難しい点は、リスナーがどういった層なのか、あるいは彼らが有する予備知識等について正確に把握しづらいというところです。私は、収録の際に専門用語について繰り返し触れたり、その意味を説明したりして、聞き手の理解を助けるようにしています。
バイオサイエンスの専門外の視点を持つコミュニケーションチームのサポートがあるのは心強いです。専門用語を使ってしまったりすると、そっと注意を促してくれるのです。
サイエンスコミュニケーションの取り組みを通じて人々と関わるにあたり、最もやりがいを感じるのはどんな時ですか?
社会的な不公平の事例を紹介することで、「自分の分野でも何かできるかもしれない」と気付いてもらえる、そのちょっとした瞬間にやりがいを感じます。今までに、学生さんや医師、政策に携わる方や、NHS(National Health Service)の関係者の方から好意的なフィードバックをいただいています。ポッドキャストの配信にやりがいを感じるのはまさにそんな瞬間です。
ポッドキャスト以外にも、ロンドン科学博物館やKCLのScience Gallery Londonで研究を紹介する光栄かつ名誉ある機会に恵まれました。それは、私たちの研究に対する一般の人々の反応や、研究活動への情熱を理解してくださった様子を実際に目の当たりにできた、非常に印象深い体験でした!アカデミアは評価が厳しい世界で、時には打ちのめされることもあります。その反面、広く社会に目を向けると、一般の人々はこうした研究に情熱を注ぎ価値を見出す研究者に感銘を受けてくださるようです。研究成果を紹介したり、学生たちと交流したりすることは、特にやりがいを感じます。そして、彼らの質問が思いもよらぬ視点をくれることもあり、はっとさせられることがあります。科学について様々な見解を示すことで彼らの視野を広げ、心躍らせる体験を提供できれば、彼らの進路の選択にも影響があるかもしれません。ちょっとした小さな出会いが次の何かにつながっていく—このような些細なきっかけが、長く記憶に残り続けて新しい何かにつながることもあります。

活動の影響と今後の展開
サイエンスコミュニケーションの将来性について、その中でも薬理学やデータサイエンスの分野について、どのような将来像を描いていますか?
パンデミックは、特に公衆衛生分野における、明確なサイエンスコミュニケーションの重要性を如実に示しました。薬理学や薬学の分野を例に挙げると、体内の特定部位で作用する、がんに対するバイオ医薬品や製剤設計に関する多くの記事や論文が発表されています。これらの医薬品にできることは、今ではまるでSFのようなレベルになりつつあります!一般の人々に、医薬品の機能や効果は恐ろしいSFのような話ではなく実際の現実であって、過度に恐れる必要はないことを理解してもらうのは大切なことで、それは良質なコミュニケーションと、健康や科学に対するリテラシーの向上なくしては実現できないことだと考えています。
サイエンスコミュニケーションは、科学研究の多様性やアクセシビリティにどのような影響を与えると思いますか?
10年前と比べて、サイエンスコミュニケーションスキルを伸ばす取り組みは向上していると感じています。多様な経歴の専門家が積極的に意思疎通を図り、科学分野のリーダーとして評価されるケースが増えています。これは単なる形だけのものではなく、キャリアの浅い人々にも多くの面でプラスの影響を与えることができるでしょう。
ジャーナルには多様な研究者を紹介する場が与えられています。私は、論文で筆頭著者になった博士課程の学生や若手研究者のインタビューやブログがもっと掲載されることを望んでいます。日々地道に研究に勤しむ彼らを紹介することが学生や若手研究者を励ますことにもなり、アカデミアで働く多様な人々を知ってもらうきっかけになるのではないでしょうか。
Nandi教授には、ご多忙の中、貴重なお時間を割いていただき心より感謝申し上げます。教授のお話を伺えたことは、私にとって素晴らしい経験になりました。また、教授のお話やサイエンスコミュニケーションに関するヒントを読者の皆様にお伝えできることを心から嬉しく思います。

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