オートファジーと疾患の発症

加齢、がん、炎症、感染、腫瘍微小環境、神経変性疾患


目次  
オートファジーシグナル伝達経路  神経変性疾患とオートファジー
ヒト疾患とオートファジー  オートファジーと感染性/炎症性疾患
オートファジー、がん、および腫瘍微小環境  参考文献
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オートファジーシグナル伝達経路

2016年のノーベル賞受賞者である大隅良典(おおすみよしのり)氏は、オートファジーを「細胞の恒常性維持、分化、栄養飢餓、および正常な増殖制御に重要な役割を果たす、細胞の健康に必要な基本的かつ非常に重要なプロセスである」と述べました(1)。

オートファジー(autophagy)は、次に記す5つのステップで構成されます。それらは、オートファジー誘導、隔離膜の形成、隔離膜の伸長と閉鎖、リソソーム融合(オートファゴリソソーム/オートリソソーム形成)、および取り込み物質の破壊(分解とリサイクリング)です。その一連の分解の流れはオートファジーフラックス(autophagy flux)と呼ばれ、オートファジーフラックスは様々な測定方法によってオートファジー分解活性の指標にされています。このオートファジーのメカニズムは、mTOR、ULK1複合体、ATG分子等によって厳密に制御されており、シグナル伝達経路間の重要なクロストークの存在を示します((2)、図1)。

オートファジー経路

図1. 低酸素ストレス、小胞体(ER)ストレス、栄養飢餓、酸化ストレス等の複数の要因がオートファジー制御に関与する。

ヒト疾患とオートファジー

加齢プロセス

加齢に伴い細胞機能が低下する主な原因は、損傷タンパク質の蓄積です。オートファジーの遺伝的欠損や阻害実験は脂肪滴動員、腫瘍増殖、病原性微生物感染等の表現型を誘導し、また、加齢に伴いオートファジー機能は低下することから、オートファジーは加齢の過程で生じる身体の状態に関連することが示唆されています(3)。

また、オートファジーは、神経変性疾患、免疫疾患、がん等の様々な疾患にも関連しています((4)、表1)。

関連遺伝子
オートファジー関連機能
ヒト疾患に関連する変異/多型
ATG5 オートファゴソームの形成

喘息や全身性エリテマトーデスに関連する遺伝子多型

ATG16L1

オートファゴソームの形成

クローン病に関連する突然変異

BECN1

オートファゴソームの形成

乳がん、卵巣がん、前立腺がん、大腸がんに関連する単一対立遺伝子の欠失

EI24/PIG8

オートファゴソームの形成/分解

乳がんの発症に関連する変異や欠失


IRGM

ファゴソームの分解

クローン病に関連する一塩基多型(SNP)や欠失変異

NOD2/CARD15

オートファゴソームの形成

クローン病に関連する一塩基多型(SNP)や変異バリアント

PARK2 /parkin

マイトファジー誘導/オートファジー分解の回避

常染色体劣性または孤発性パーキンソン病に関連する変異

PARK6/PINK1

マイトファジー誘導

常染色体劣性または孤発性パーキンソン病に関連する変異

SMURF1

ウイルスのオートファジーやマイトファジーのメディエーター

潰瘍性大腸炎に関連する一塩基多型(SNP)バリアント

SQSTM1/p62

ユビキチン化物質分解のオートファジー受容体

ページェット病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)に関連する変異

TECPR2

オートファゴソームの形成

遺伝性痙性不全対麻痺(spastic paraparesis)に関連するフレームシフト変異

UVRAG

オートファゴソームの分解

ヒト大腸がんに関連する欠失変異

WDR45/WIPI4

オートファゴソームの形成

小児期の非活動性脳症および成人期の神経変性(SENDA;static encephalopathy of childhood with neurodegeneration in adulthood)に関連するヘテロ接合性変異

表1. オートファジー機構の障害が関連するヒト疾患

オートファジー、がん、および腫瘍微小環境

がんにおけるオートファジーの役割は複雑で、逆説的です。Beclin 1(別名:Atg 6、図2)は、アポトーシス、オートファジーおよびがんとのクロストークの役割を果たします。Beclin 1は、哺乳類の腫瘍抑制因子であり、卵巣がんの約75%、乳がんの50%、および前立腺がんの40%で単一対立遺伝子発現(モノアレリック発現)が検出されることが報告されています。

オートファジー障害は、動物モデルで腫瘍形成を促進することが示されています。一方で、オートファジーは栄養素が欠乏または毒性分子が蓄積した状態でのがん細胞の生存を高めることにより、腫瘍増殖をサポートしている可能性も示唆されています。また、血管新生や栄養素の供給を促進する、あるいは炎症反応を調節することにより、腫瘍の微小環境を制御します。これは、腫瘍の成長をサポートする微小環境の重要な役割に注目を集めさせると同時に、がん幹細胞(CSC)が過去に推定されたほど稀ではない可能性を意味しています。

Beclin 1抗体を使用したパラフィン包埋ヒト胃組織スライドの免疫組織化学染色

図2. Beclin 1抗体(カタログ番号:11306-1-AP、希釈倍率:1:200)を使用したパラフィン包埋ヒト胃組織スライドの免疫組織化学染色(40倍レンズを使用)。

神経変性疾患とオートファジー

オートファジー経路は、不要な細胞オルガネラとタンパク質凝集体の除去によって細胞の生存を促進するため、神経細胞のオートファジー障害は神経変性を引き起こす可能性があります(5)。これらの凝集体は、エンドソーム送達またはオートファゴソーム等、いくつかの異なるメカニズムによってリソソームに到達します。神経細胞は、これらの相互作用の崩壊に対して非常に脆弱で、特に脳が老化すると顕著な脆弱性を示します。当然のことながら、オートファジーを制御する遺伝子の変異は、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、家族性パーキンソン病等の神経変性疾患を引き起こします(図3)。幸いなことに、オートファジー経路には、これらの神経変性疾患に有効な新薬開発につながる可能性があるターゲットが多数存在します。

パーキン抗体およびAlexa Fluor 488標識AffiniPure ヤギ抗ウサギIgGを使用したSH-SY5Y細胞の免疫蛍光染色

図3. パーキン抗体(カタログ番号:14060-1-AP、希釈倍率:1:50)およびAlexa Fluor 488標識AffiniPure ヤギ抗ウサギIgG(H +L)を使用したSH-SY5Y細胞の免疫蛍光染色解析。

オートファジーと感染性/炎症性疾患

オートファジーは、細菌や病原体に対する免疫防御においても重要な役割を果たします。感染時、オートファジーは、炎症、抗原提示、微生物の捕捉や分解を制御します(6)。加えて、複数の免疫メディエーターが、オートファジーを誘発または抑制します。さらに、免疫シグナル伝達カスケードは、オートファジーによる制御を受けており、強力な免疫応答後の恒常性の回復は、この経路に顕著に依存しています。オートファジー機構のメカニズムのさらなる解明は、感染性疾患および炎症性疾患の治療法の開発に寄与する可能性があります。

最後に

オートファジーは、発見された当初は単に細胞を構成する物質の「ゴミ処理用トラック」であると考えられていました。しかし、現在では細胞内の強力なツールとして、良い事象(細胞の保護)にも悪い事象(がんや神経変性)にも利用されていると認識されています。オートファジーとオートファジーモジュレーターをさらに解明することは、様々なヒト疾患を治療できるオートファジーを基にした治療法を開発するために重要であると言えます。

参考文献

1)      Medicine Nobel for research on how cells 'eat themselves'.

2)      C He, et al. Regulation mechanisms and signaling pathways of autophagy. Annu Rev Genet. 2009;43:67-93.

3)      D C Rubinsztein, et al. Autophagy and aging. Cell. 2011 Sep 2;146(5):682-95.

4)      P Jiang, N Mizushima. Autophagy and human diseases. Cell Res. 2014 Jan;24(1):69-79.

5)      R A Nixon. The role of autophagy in neurodegenerative disease. Nat Med. 2013 Aug;19(8):983-97.

6)      K Cadwell. Crosstalk between autophagy and inflammatory signalling pathways: balancing defence and homeostasis. Nat Rev Immunol. 2016 Nov;16(11):661-675.