大学院生のストレスへの対処法/燃え尽き症候群を予防するための「セルフケア」の重要性

Rachel Surratt著(Resiliency and Health Institute, LLC、メディカル・アシスタント、アソシエイト・プロフェッショナル臨床カウンセラー)


カウンセラー/セラピストとして働く著者は、科学職/研究職に対して要求される水準がいかに高く、それらがどれほど大変な仕事であるのかをカウンセリング現場で目の当たりにしてきました。学術的成果や学業成績への期待、研究活動で求められる進捗、そして締め切りの重圧にさらされる状態が続くと、セルフケア(自己管理)に割く時間がなくなってしまう場合があります。しかし、良好なメンタルヘルス(精神衛生)とウェルビーイング(Well-being)を維持するためには、セルフケアの実践が不可欠です。適切なセルフケアにより学業成績さえも向上する可能性があります。本稿では、博士課程在学中の大学院生や若手の研究者がセルフケアを実施するメリット、セルフケアの障壁となり得る要素、燃え尽き症候群を予防するための対策について解説します。

※本稿では、以下の英文記事を日本語訳して掲載しています。
https://www.ptglab.com/news/blog/the-importance-of-self-care-while-doing-your-phd/

 

セルフケアの実践を妨げる障壁

最初にセルフケアの実践を妨げているものの有無を確認することが重要となります。学生や社会人になりたての人々がセルフケアの実践を試みる場合、時間、金銭、リソース不足等の数多くの障壁が立ちはだかるでしょう。授業、研究活動、教育やそのアシスタント業務に追われると、運動や趣味に費やす時間をはじめ、セルフケアを行う時間をほとんど取れないこともあります。

また、カウンセリング/セラピーやスポーツジムに通う費用といった、セルフケアに関連する支出を捻出できない等の経済的要素が障壁になる場合があります。さらに、大学のリソース不足や教育プログラムを通じたサポート体制の不十分さにより、博士課程の大学院生がセルフケアを優先することに対する意識の向上や実践を困難にしている可能性もあります。博士課程の学生が「倒れるまで働く」という風潮は、燃え尽き症候群を発症する極めて大きな原因です。本項で述べたように、セルフケアを実践するには様々な課題があります。しかし、良好なメンタルヘルスとウェルビーイングを維持するためにはセルフケアは不可欠であり、意識的にセルフケアの実践に取り組んでいく必要があります。

 

セルフケアを実践するメリット

セルフケアの実践は、ストレスの軽減、レジリエンス(逆境から立ち直るための力)を高めること、学業成績の向上につながります。また、燃え尽き症候群の予防にも役立ちます。燃え尽き症候群は、情緒的消耗感、身体的、精神的な消耗・衰弱を生じさせ、適切に対処しないと長期的に症状に苦しむ可能性があります。

 

燃え尽き症候群とは?単純なストレスとの違いとは?

燃え尽き症候群とは、長引くストレスによって引き起こされる感情的、身体的、精神的疲労に陥った状態を指します。多くの場合、達成感の低下、シニシズム(Cynicism、冷笑癖)、感情の麻痺感(Emotional Detachment、感情剥離)、モチベーションが低下するといった傾向を示します。

「燃え尽き症候群」と「ストレス(ストレス反応)」はしばしば同じ意味で用いられることがありますが、それぞれ異なる体験を指します。ストレスは困難な状況にある時に生じる自然な反応であり、多くの場合は一時的なものです。ストレスを訴える場合は、継続的な切迫感、過剰な反応、不安感、疲労感を感じる傾向があります。なお、わずかなストレスは有益さをもたらす場合もあり、集中力/注意力、意欲を維持するうえでメリットとなり得ます。しかし、慢性的なストレスにさらされるようになると、燃え尽き症候群に陥る危険性が高まります。

燃え尽き症候群とは、長期的かつ解消されないストレスによる情緒的消耗感、身体的、精神的な消耗・衰弱状態を指します。燃え尽き症候群に陥ると、生産性が低下し、仕事や私生活での満足感が得られにくくなり、身体的または精神的な不調をきたすおそれがあります。

燃え尽き症候群の徴候として、注意すべき症状を以下に示します。

  1. 十分な休息をとった後でも慢性的な疲労感や消耗感を感じる
  2. 意欲や生産性が低下する
  3. イライラする、集中できない
  4. 無力感、絶望感、閉塞感を感じる
  5. 頭痛、胃痛、筋肉の緊張等の身体症状を示す

ストレスは、大学院生であるかどうかに関わらず、人々が生活するうえで経験する日常的な刺激の一部として捉えることができます。しかし、燃え尽き症候群をストレスと同一視してはいけません。燃え尽き症候群は、長期的な影響を及ぼす可能性のある深刻な状態です。慢性的な疲労、意欲の低下、身体症状といった燃え尽き症候群の症状を呈した場合は、症状の悪化を防ぐための対策をとりましょう。その対策には、何らかの支援を求めること、セルフケアのための時間を設けること、自分の中での優先事項や仕事量を見直すこと等が含まれます。

一時的なストレス、慢性的なストレス、燃え尽き症候群に至るまでの過程を理解することは、我々がどのようなことに気づくきっかけとなり得るでしょうか?おそらく、その1つとしてストレスを緩和するためのセルフケアの重要性が挙げられることでしょう。例えば、研究室の主宰者による厳しい締め切りの要求によってストレスが慢性化している場合や、ご自身や周囲のメンバーが休憩時間を取れない程のプレッシャーを与えられている場合は、燃え尽き症候群の予防とマネジメントのために、助けを求めることとセルフケアの実践が重要な対策であることを思い出してください。

「セルフケアのホイール図」で表される6種類のセルフケア
(心理的、感情的、スピリチュアル的、個人的、専門的、身体的セルフケア)

セルフケアのホイール図

以下に、セラピストである著者が実際のクライアントに推奨するストレスへの対処法や燃え尽き症候群を予防する対策を紹介します。

  1. 現実的な目標を設定する:目標や仕事量は、今の自分が何をできるのかという現実的な予測に基づいて決めましょう。過度に仕事を引き受けるのを控え、必要に応じて他者に助けを求めてください。

 

  1. 定期的な休憩時間を設ける:大学院へ進学し、ラボで長時間過ごすようになると、終わりのない、次から次へと実験や発表を繰り返すサイクルが日常化していきます。しかし、休憩をとることが燃え尽き症候群の予防とメンタルヘルスの維持に重要であることを意識するようにしてください。例えば、10分間だけでも散歩することや、短時間の瞑想をするだけでも良いので、1日のスケジュールに定期的な休憩時間を設けるようにしましょう。

 

  1. 睡眠を優先する:睡眠は良好なメンタルヘルスを維持するために極めて重要です。大学院に進学した学生は、十分な睡眠時間を確保できていない場合があります。一貫した睡眠時間を取れるように、研究活動のスケジュールを調整するにように心がけ、毎晩少なくとも7~8時間の睡眠時間を確保してください。

 

  1. 運動する:運動はストレスを軽減し気分を高めるのに役立つ最適な方法です。ランニングからヨガの練習までどのような運動でも構いませんので、楽しめるアクティビティを見つけて日課の1つにしましょう。

 

  1. 誰かとつながる:一日の大半をラボで過ごすことが生活の一部となる大学院生は、孤独を感じてしまう危険性があります。何らかのクラブ活動や外部組織に参加する、社交イベントに参加する、あるいは友人や家族に連絡を取る等して、積極的にラボ以外の人々と関わりを持つように努めましょう。また、所属するラボのメンバー同士の関わり方も大切です。ラボを「働きアリ」の作業場所とみなすのでなく、全員がお互いを尊重しあえるような人間関係・風土の構築を目指し、より良い居場所を作っていくことが重要です

 

  1. 「マインドフルネス」法の実践:瞑想や呼吸法を整えるといったマインドフルネス法を日常の習慣に取り入れてみましょう。マインドフルネス法は、ストレスを軽減しメンタルヘルスを向上する非常に効果的なツールです。

 

  1. 助けを求める:何らかのサポートが必要な時は、遠慮せず周囲に助けを求めましょう。例えば、カウンセラー/セラピスト、信頼できる友人、家族、支援グループ等に相談してください。人生においてあなた1人だけで苦しむ必要はありません。

 

  1. 境界線を引く:ラボでの生活は研究を最優先にして他の事をないがしろにしがちですが、区切りを決めて自分にとって必要なものを優先してください。自らの許容量や基準を超える要求は断り、自分が楽しめるアクティビティに時間を使いましょう。

 

大切な考え方としてセルフケアとそれに割く時間は「贅沢なもの/行い」では無いということを念頭に置いてください。大学院に進学する場合、メンタルヘルスとウェルビーイングを優先・維持することは、研究活動で直面する困難に適切に対応できる状態を保つことにもつながります。そのために必要不可欠なセルフケアを実践していきましょう。

 


 

米国に在住の方で、抱える問題を専門的にサポートしてくれるセラピストをお探しの場合は、以下のリソースをご参照ください。

https://www.therapyden.com

https://www.psychologytoday.com/us

https://www.inclusivetherapists.com/