DYKDDDDKタグ(別名:Flag®タグ)融合タンパク質の免疫沈降(IP)法

DYKDDDDKタグ(別名:Flag®タグ)は、免疫沈降(IP)、タンパク質精製、免疫蛍光染色(IF)、ウェスタンブロット(WB)等の様々なアプリケーションで、一般的に使用されている短鎖ペプチドタグです。

 

本稿では、細胞抽出物からのDYKDDDDKタグ(別名:Flag®タグ)融合タンパク質の免疫沈降(IP:immunoprecipitation)を実施する際の手引きを紹介します。クロモテック(2020年10月よりプロテインテックグループの一部)の免疫沈降用アガロース結合済み抗体試薬である『DYKDDDDK Fab-Trap™』の使用例をもとに、IP実験の各ステップと、良好な結果を得るために役立つコントロール実験の設定方法を解説します。

 

DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)を用いたIPの基本

免疫沈降(IP)とは、抗体や抗体フラグメント、VHH抗体(別名:Nanobody®)等を使用して細胞抽出物から目的タンパク質を単離する実験手法です。DYKDDDDKタグ(別名:Flag®タグ)は、短鎖のペプチドで構成されるエピトープタグであり、1x Flag®(アミノ酸配列:DYKDDDDK、Asp Tyr Lys Asp Asp Asp Asp Lys)や3x Flag®(アミノ酸配列:DYKDHD-G-DYKDHD-I-DYKDDDDK、Asp Tyr Lys Asp His Asp Gly Asp Tyr Lys Asp His Asp Ile Asp Tyr Lys Asp Asp Asp Asp Lys)が市販されています。

DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)を用いたIP実験では、最初に材料作成として、研究対象とする目的タンパク質(POI:protein of interest)のN末端またはC末端に、DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)を付加してクローニングします。その後、組換え発現させたDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質は、DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)を標的とする抗体による免疫沈降を実施することによって、粗細胞抽出物から単離されます。「Flag®(Anti-Flag®)」という名称は、Sigma-Aldrich(Merck)社の登録商標です。そのため、Flag®タグ抗体と同一のペプチド配列を標的とする抗体製品は、一般名称として「DDDDK抗体」や「DYKDDDDK抗体」と呼ばれます。

 

粗細胞抽出物からFlagタグ融合タンパク質を単離する模式図(細胞内の融合タンパク質と可溶化された融合タンパク質)

粗細胞抽出物からDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質を単離するイメージ図

DYKDDDDK Fab-Trap™とは?

本稿では、実験方法と内容をできるだけ簡略的に記載するために、DYKDDDDK Fab-Trap™ Agaroseを使用した場合のDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質の免疫沈降(IP)を取り上げます。DYKDDDDK Fab-Trap™ Agaroseは、免疫沈降用アガロースビーズ結合済みの抗DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)Fabフラグメント抗体製品です。

DYKDDDDK Fab-Trap™ Agaroseは、あらかじめアガロースビーズに結合した状態で提供されるため、DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)抗体をサンプルに添加後、プロテインA/Gビーズによる回収操作を実施する必要はありません。したがってDYKDDDDK Fab-Trap™は、実験の所要時間と労力の軽減に有用です。

その他、本稿で解説するFabフラグメント抗体を用いる手法以外に、完全長の抗体やVHH抗体(別名:Nanobody®)を用いる免疫沈降(IP)実験に関する情報は「免疫沈降用の異なる抗体フォーマット(従来型抗体、Fabフラグメント、VHH抗体)の利点と制約」のブログ記事をご覧ください。

 

DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質を細胞抽出物から免疫沈降(IP)で回収する手法

通常、免疫沈降(IP)は5つのステップで構成されます。

  1. 細胞ライセートの調製
  2. 抗体とDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質の結合
  3. 未結合分子の洗浄除去
  4. DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質の溶出
  5. SDS-PAGEやウェスタンブロット(WB)による検出および解析

 

 

 

 

DYKDDDDK Fab-Trapに結合したFlagタグ融合タンパク質の模式図-tagged protein

DYKDDDDK Fab-Trap™ Agaroseに結合したDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質(赤:DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)、緑:目的タンパク質(POI))。DYKDDDDK Fab-Trap™ Agaroseは、アガロースビーズ(灰色)に結合したFabフラグメント抗体(水色と青色)からなります。

Flagタグ融合タンパク質を免疫沈降する5つのステップのイラスト

 

  1. 細胞ライセートの調製

細胞ライセートの調製方法は、DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質の性状や発現宿主に依存します。一般的には、総タンパク質量として細胞抽出物約500µg程度を調製することが推奨されます。本稿では、哺乳類細胞を使用した場合の手順を解説します。哺乳類細胞の場合、1回の免疫沈降(IP)には、約106~107個の細胞が必要となります。

最適な溶解バッファーの選択は、組換え発現するDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質に応じて、都度検討しなければなりません。細胞質に存在するタンパク質の場合は、クロモテックマニュアル記載の標準的溶解バッファー(Lysis buffer)を使用することができます。核やクロマチンに存在するタンパク質の場合は、RIPAバッファーの使用をおすすめします。

標準的溶解バッファー(Lysis buffer):10mM Tris/HCl(pH7.5)、150mM NaCl、0.5mM EDTA、0.5% Nonidet™P-40代替製品(pH調整:4℃で実施)

RIPAバッファー:10mM Tris/HCl(pH7.5)、150mM NaCl、0.5mM EDTA、0.1% SDS、1% Triton™ X-100、1% デオキシコール酸ナトリウム(pH調整:4℃で実施)

細胞溶解のステップでは、プロテアーゼ阻害剤およびDNaseを添加してください。必要に応じて、ホスファターゼ阻害剤等、その他の阻害剤も添加します。

 

  1. DYKDDDDK Fab-Trap™とDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質の結合

DYKDDDDK Fab-Trap™とDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質の結合は、細胞ライセートを4℃で1時間、回転させながらインキュベーションして実施します。このインキュベーションのステップの間に、DYKDDDDK Fab-Trap™は、DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質と結合します。

 

  1. 未結合分子の洗浄除去

インキュベーション後の遠心分離ステップで、DYKDDDDK Fab-Trap™とDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質の複合体はチューブ底部に沈殿します。不要なタンパク質(DYKDDDDK Fab-Trap™に結合しなかった分子)を含有する上清は除去し、その後、チューブ底部のペレットを再懸濁します。上清の除去と再懸濁のステップは、少なくとも2回以上繰り返します。

 

  1. DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質の溶出

DYKDDDDK Fab-Trap™からDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質を溶出するための方法には、何通りかの方法が存在します。1つ目として、2xSDSサンプルバッファー(Laemmli)を用いる溶出方法があります。SDSサンプルバッファーを用いる方法は、目的タンパク質のロスが少なく非常に効率的な溶出方法です。最終的な溶出タンパク質がネイティブな状態である必要がない場合(例:ウェスタンブロット(WB)用サンプルの調製等)に使用されます。2つ目として、3xDYKDDDDKペプチド(カタログ番号:fp)を用いる競合法と呼ばれる溶出方法があります。ペプチドを用いる競合法も優れた溶出方法であり、その後の解析においてネイティブ型のコンホメーションを維持したDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質を解析する必要がある場合に適しています。

 

  1. SDS-PAGEやウェスタンブロット(WB)による検出および解析

IPの実験結果を検証するためには、通常、SDS-PAGEおよびWBで(1)インプット(Input)画分、(2)フロースルー(Flow-Through)画分、(3)結合(Bound)画分(溶出(Elution)画分)の3種類のサンプルを解析します。その際、感度の高い検出のためにDYKDDDDKタグポリクローナル抗体(カタログ番号:20543-1-AP)の使用をおすすめします。

 

免疫沈降(IP)の実験結果の解析

SDS-PAGEおよびWBの結果から確認すべき内容と、異なる画分を解析することの重要性について詳述します。

インプット(Input)画分

インプット画分は、DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質に加えて、細胞ライセート中のすべての成分を含有します。SDS-PAGEを実施すると、細胞ライセート中のタンパク質とDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質を同時に確認することができます。WBを実施する際は、一般的にDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)抗体を用いてDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質を検出します。インプット画分は、DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質が良好に発現しているのか、サンプル中で可溶化しているのかを検証するために重要な画分となります。

フロースルー(Flow-Through)画分

フロースルー画分は、上清(supernatant)画分とも呼ばれ、IP実施後にビーズと結合しなかった細胞ライセート中タンパク質を含有します。フロースルー画分は、目的タンパク質と免疫沈降ビーズの結合効率を確認するために重要な画分です。SDS-PAGEの実施後、ラダー状の細胞ライセート中のタンパク質を確認することができる一方、続くWB検出ではDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質が全く検出されない、またはごくわずかのみ検出されるという結果が理想的です。

結合(Bound)画分(溶出(Elution)画分)

結合(Bound)画分(溶出(Elution)画分)は、免疫沈降によって単離、濃縮および精製されたDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質を含有する画分です。通常、SDS-PAGEやWBを実施すると、DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質の分子量付近に、濃いバンドまたは強いシグナルを確認することができます。

SDS-PAGEやWBを実施する場合、SDSサンプルバッファーによる溶出が非常に効率的です。SDSサンプルバッファーを使用して溶出されたサンプルは、変性したDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質と、DYKDDDDK Fab-Trap™を構成していた25kDa未満のFabフラグメントを含有します。一方、従来型のDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)抗体を使用したIPの溶出サンプルでは、Fab領域以外にも2種類の抗体フラグメント(重鎖および軽鎖)が含まれます。溶出サンプル中の重鎖や軽鎖断片は、検出時にDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質やCoIP(共免疫沈降)実験の相互作用分子と同じ分子量付近に重なって検出される場合があり、標的タンパク質の同定を困難にするおそれがあります。

3xDYKDDDDKペプチドによるペプチド競合溶出法は、穏やかな条件の溶出方法であり、以下の異なる溶出方法を比較した実験結果で示されるように、SDSサンプルバッファーを用いた溶出方法(左図)と同様に効率的です。3xDYKDDDDKペプチドを用いた溶出方法(右図)の場合、溶出サンプルはDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質のみを含有し、DYKDDDDK Fab-Trap™を構成するFabフラグメントは溶出されません。

DYKDDDDK Fab-Trap™を使用してHEK293T細胞ライセートからFlagタグ融合タンパク質を免疫沈降して、SDSバッファーで溶出したサンプルのSDS-PAGEおよびWB(SDS-PAGEの結合画分に目的タンパク質およびFabフラグメントのバンド検出) DYKDDDDK Fab-Trap™を使用してHEK293T細胞ライセートからFlagタグ融合タンパク質を免疫沈降して、競合溶出法で溶出したサンプルのSDS-PAGEおよびWB(SDS-PAGEの結合画分に目的タンパク質のバンド検出)
DYKDDDDK Fab-Trap™を使用したHEK293T細胞ライセートからのDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質の免疫沈降。溶出:2x SDSサンプルバッファーを使用して、DYKDDDDK Fab-Trap™からDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質とFabフラグメントを溶出。ウェスタンブロット(WB):DYKDDDDKタグポリクローナル抗体(カタログ番号:20543-1-AP)、Nano-Secondary® alpaca anti-human IgG/anti-rabbit IgG, recombinant VHH, Alexa Fluor® 488 [CTK0101, CTK0102](カタログ番号:srbAF488-1)をプローブに使用して検出。
L:タンパク質マーカー、I:インプット画分、FT:フロースルー画分、B:結合画分
DYKDDDDK Fab-Trap™を使用したHEK293T細胞ライセートからのDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質の免疫沈降。溶出:競合ペプチド溶出法により、DYKDDDDK Fab-Trap™からDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質を溶出。ウェスタンブロット(WB):DYKDDDDKタグポリクローナル抗体(カタログ番号:20543-1-AP)、Nano-Secondary® alpaca anti-human IgG/anti-rabbit IgG, recombinant VHH, Alexa Fluor® 488 [CTK0101, CTK0102](カタログ番号:srbAF488-1)をプローブに使用して検出。
L:タンパク質マーカー、I:インプット画分、FT:フロースルー画分、B:結合画分

 

DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)を用いたIPのコントロール

IPの結果を判断する場合や必要に応じてトラブルシューティングを実施する場合、コントロール実験の結果は非常に重要です。IP実験においては、以下のコントロール実験を並行して実施することをおすすめします。

  • ポジティブコントロール実験:免疫沈降によって回収できることが既に判明しているDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質のIP、またはGST-3*MYC-6*HIS-3*FLAG-6*HIS-3*HA-6*HIS Fusion Protein(カタログ番号:Ag19172)等の複数のタグ配列を含むタンパク質のIPを実施します。
  • ネガティブコントロール実験(1):DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)を付加していない目的タンパク質のIPを実施します。使用する目的タンパク質にはDYKDDDDKタグ(Flag®タグ)が存在しないため、DYKDDDDK Fab-Trap™を用いて回収した溶出画分は、SDS-PAGEを実施すると、ほとんどバンドが検出されないか、低いバックグラウンドとなるはずです。溶出画分において、目的タンパク質に対する抗体を用いたWBで目的タンパク質が検出される場合や、DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)抗体を用いたWBで何らかのタンパク質が検出される場合は、DYKDDDDK Fab-Trap™とタグ配列を含まない目的タンパク質自体が非特異的に結合している場合や、その他のタンパク質が非特異的に相互作用している可能性が考えられます。その場合、洗浄条件をより厳しい条件に変更することで解決する可能性があります。
  • ネガティブコントロール実験(2):抗体が結合していないアガロースビーズを用いたIPを実施します。この実験の溶出画分では、SDS-PAGEを実施すると、DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質やその他のタンパク質は認められず、低いバックグラウンドとなるはずです。WBを実施すると、DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質はインプット画分とフロースルー画分で検出され、溶出画分では検出されません。溶出画分でも検出される場合、DYKDDDDKタグ(Flag®タグ)融合タンパク質がアガロースビーズと非特異的に相互作用している可能性があります。

以上のように、本稿ではDYKDDDDK Fab-Trap™ Agaroseを使用した場合のIPについて解説してきました。DYKDDDDK Fab-Trap™ Agaroseは、Sigma-Aldrich(Merck)社のFlag® M2抗体が認識するエピトープと同一のエピトープを認識します。DYKDDDDK Fab-Trap™ Agarose(カタログ番号:ffa)およびDYKDDDDKタグポリクローナル抗体に関する詳細はそれぞれの製品ページをご覧ください。

製品ページ
DYKDDDDK Fab-Trap™ Agarose(カタログ番号:ffa)
DYKDDDDKタグポリクローナル抗体(カタログ番号:20543-1-AP)

DYKDDDDK Fab-Trap™ Agaroseのサンプルを無償で提供しています。下記フォームよりご依頼ください。

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参考資料